二人とは本当に会いたくない。会えばあれこれ聞かれるに決まっている。今は、何もかもが億劫で、何もかも忘れてしまいたい。
お母さんがいなければ、こんな事にはならなかった。瑠駆真なんて、本当は合鍵なんて使うつもりはなかったのかもしれない。聡ならまだしも、瑠駆真がそんな行動を起こすだろうか?
普段の彼を思い浮かべるととても信じられない行動だ。だが、部屋をグルリと見渡し、思い直す。
この部屋を最初に訪れた時の、瑠駆真の変貌ぶり。
我を見失った彼。
合鍵…… 本当に使うかもしれないな。
本当に、会いたいとは思わない。
心配してくれているのはわかる。たぶん、本当に心配してくれているのだろう。
本当に私の事を―――
不思議だ。なぜだか今の美鶴には、聡や瑠駆真の気持ちが、少しだけ信じられる。
どうして?
今度は大きなため息。
どうしてか? そんなのさっぱりわからない。きっと、たぶんあんなふうに怒鳴られたから、そう思ってしまうのだろう。あれほど怒るのなら、嘘ではないのかもしれない。
そう言い聞かせながら、いや、聡に怒鳴られるのは今に始まった事ではない。今までにも、例えば前のボロアパートで押し倒されて―――
そこで強く頭を振る。
わっ 忘れたい。
目も強く閉じて額に右手を押し当て、必死に呼吸を整える。いつの間にか荒くなっていた息。なんとか落ち着かせ、瞳を開く。俯いていた頭ももたげる。
誰もいない寝室。あてもなく視線を彷徨わせ、そしてどうしても止めてしまう。薄型の携帯電話の上で―――
霞流さん。
昨日、学校から自宅謹慎を言い渡された時、真っ先に思い浮かんだのは駅舎だった。
駅舎に、行けなくなる。
学校に行けなくなるとか、授業を受けられなくてまた成績を落すのではないかとか、他にいくらでも悩みようはあるはずなのに、どうしてもまず駅舎が気になった。霞流に知らせなければとそればかりを考えた。だが、なかなか電話ができなかった。
別に、駅舎へ行けなくなると連絡をするだけの事ではないか。
そう言い聞かせるのに、霞流の携帯へ電話するのがひどく卑しい事のような気がして、どうしても電話することができなかった。
駅舎の管理を実際にやってるのは木崎さんだ。駅舎の件ならば木崎さんへ連絡すべきだ。それならあの屋敷の家電に連絡すればいい。
いやでも、あの駅舎の所有名義は霞流になっていると思う。ならば霞流さんへ直接連絡したって、別に変ではないはずだ。
だけど所有名義を言うなら、それは霞流さんのお爺さんのはずだ。霞流さんは関係ない。
でも――――
あれこれとグチャグチャになる頭を抱えて帰宅し、携帯を取ってはベッドに投げ、家電を手にしてはまた戻しての繰り返し。
私、なにやってんだろ?
我ながらバカだと思い、それでもイジイジと悩み続け、結局携帯に電話しようと決心したのは、もう陽も落ちようかという夕方になってからだった。
震える手で登録された番号に電話した。
コールが一回… 二回… 途中で切ってしまいたい衝動を必死に押し殺し、我慢すること数十秒。
『こちらは、お留守番サービスセンターです。発信音の後に…』
機械的な女性の声に、美鶴は思わず床にヘタり込んでしまった。
「る… 留守電?」
そんな美鶴にかまうことなく、携帯は発信音を鳴らしてメッセージを促す。美鶴は、何も残さずに切ってしまった。
留守電。
あれほどの決意をした結果がこれか。
虚しいような、でもどこかで安心する自分を自嘲しながら、霞流の屋敷に電話をした。二回コールで電話に出たのは、たぶん幸田という女性の使用人だろう。
美鶴の声を聞くと嬉しそうに対応し、また遊びにでもいらしてくださいね などと告げながら木崎と交代してくれた。
しばらく駅舎へは行けない旨を告げると、木崎から心配そうな返しを受けた。
「自宅謹慎とは、あまり尋常ではありませんね」
本当は、理由ははぐらかしたかった。だが、なぜ駅舎へ行けないのかと問われれば、答えないわけにはいかない。
美鶴が口ごもれば、あるいは木崎なら深くは聞かないでくれたのかもしれない。長年屋敷勤めをしている木崎なら、そのくらいの機転は利くだろう。だが、美鶴の方に、そこまで気を回す余裕がなかった。
「殴ったつもりはないのですが、相手の方が殴られたと主張してしまって」
隠す事もできず、結局はすべてを話してしまう美鶴。木崎はそれを黙って最後まで聞いていた。
「学校側の決定ならば仕方ありませんね。でも、私は美鶴さんを信じておりますよ」
最後の一言が、ジンと美鶴の胸に響いた。
礼を言って電話を切る。一気に疲れが全身を覆い、脱力し、倒れるようにベッドへ伏せた。
私、自宅謹慎だってさ。
だが、その事実がなぜか他人事のようで実感が湧かない。実感が湧かないのか、それとも湧かせたくないのか。事の重大さから目を背けたいだけなのか?
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